新着情報
灌流培養でのiPS細胞の培養は可能なのか?
「灌流(かんりゅう)」とは、「絶え間なく注ぎ続ける」といった意味合いを持つ言葉です。つまり灌流培養とは、新しい培地を常に供給しながら、古い培地を除去する培養方法を指します。
iPS細胞などの幹細胞から各種臓器の細胞に分化誘導する技術を応用し、生体模倣システムの構築を試みる再生医療研究事業においても、この灌流培養が取り入れられています。
出典:経済産業省「再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業中間評価/終了時評価補足説明資料」
当記事では、灌流培養の利点と課題、灌流培養を可能にする送液システムの一例などを、サンプラテックの「iP-TEC🄬」製品と併せてご紹介します。
1.灌流培養とは
灌流培養とは、培地を連続的に入れ替えつつ、培養を進める培養法です。細胞の培養では作業中、細胞の生育しやすい環境を維持する必要があります。灌流細胞は培養中に新鮮な培地を足しつつ同量の古いものを抜き出し、培養槽の環境(栄養成分濃度や老廃物濃度など)を一定に維持することが特徴です。
灌流培養と回分培養(バッチ培養)では、「培養開始後に栄養供給するか」が異なります。バッチ培養は開始時の培地を最後まで使用し、灌流細胞のように、途中段階での栄養供給を行いません。
灌流培養と流加培養(フェドバッチ培養)の主な違いは、「栄養供給と合わせて、老廃物を抜き出すか」です。流加培養は生産培養の一般的な手法で、培地を培養中に供給して培地量を次第に増加させる方法です。灌流培養は、培地を供給するだけでなく、細胞を残存させながら培養液のみを抜き出し、培地量を一定に保つ方法となっています。
出典:日本生物工学会「生物工学会誌第97巻第6号特集 バイオ医薬品の製造技術研究開発:国際基準に適合した次世代抗体医薬等の製造技術プロジェクト(前編)」
2.灌流培養の利点と課題
灌流培養の利点と課題は、主に以下の通りです。
【利点】
- 培養装置を使用して培地の入れ替えを行うことから、手技による培地交換が不要になる
- 生体に近い環境で培養し、細胞へのストレスを軽減できる(培養効率の向上が可能)
- 培地の流量調整が可能なので、培地量の調整のみで、さまざまな条件での培養を行える
【課題】
- 「細胞に対して最適な流量がどの程度なのか」といったような、灌流培養プロトコルが少ない
- 老廃物と併せて、培地成分や生産物も抜き出されるため、培地のロスや生産物濃度低下による精製コストが増える
- 灌流培養に適した容器の開発が遅れており市販されているものが少ない
出典:日本生物工学会「生物工学会誌第97巻第6号特集 バイオ医薬品の製造技術研究開発:国際基準に適合した次世代抗体医薬等の製造技術プロジェクト(前編)」
3.灌流培養のニーズの高まり
灌流培養の利点は多く、その注目度は徐々に高まりつつあります。
上でも説明した通り、研究室レベルで言えば「培地交換が不要になる」ことで、培地交換の際のコンタミネーション(異物混入)リスクの解消など、作業者間での格差を考慮する必要がなくなります。手技による培地交換作業をなくすことができるため、夜間や休日の作業が解消されるのは大きなメリットでしょう。特に最近では、コロナ禍において研究者も自宅待機や出勤制限となることがありました。その際、実際に灌流培養装置の問合せが多くなった事例もあります。
そして、特に再生医療産業界においては、「いかにして治療用細胞の製造コストを下げていくか」といった課題があります。例えば、iPS細胞の作成に約3か月、費用にして約4,000万円かかるのが実情であり、このコストダウンが急務となっています。
その領域において現在注目されている技術の1つが、灌流培養と閉鎖系培養を組み合わせた技術です。
再生医療の産業化を実現するためには、コストをいかに下げるかが重要で、高コストは問題になります。高コストであると、その分治療費に跳ね返り、患者様に負担がかかることはもちろん、国にとっても医療費負担増大に繋がるため保険適用ができなくなる恐れがあります。つまりコストを下げないと、再生医療は多くの人が享受できるものではなくなり、再生医療の活発な産業化の実現が難しくなる要因にもつながるのです。
製造コストを下げるためには、高価で大きな設備が不要で細胞の培養に要する人的コストも最小限に抑えることできる技術が必要になります。これを実現できる可能性がある1つの技術が「閉鎖系灌流培養」なのです。まだ、発展途中の技術であり、細胞培養のプロトコルが少ないなどの課題もありますが期待値は非常に高くなっています。
4.最適な送液システムの一例
最適な送液システムとして、まずは以下のような要件が必要となってきます。
- 毎分μlオーダーで、常に一定量を送液できるポンプシステム
- 細胞の種類や培養容器の容積に応じて流量を変えるシステム
- インキュベータの中に入れることのできるサイズ感
- 各流路の逆流を防ぐ構造
- 流路の追加など条件を変えた実験を可能とするシステム
「マイクロチューブポンプシステム iP-TEC(R)灌流アタッチメント用」は、流量を0.1~2,000μL/minの範囲で調整可能なほか、流量や時間の設定・制御も可能です。
また、培養容器に新しい培地を入れ、古い培地を出す構造も必要です。しかし、残念ながら一般的に使用されている培養容器にはそのような構造はありません。また灌流培養専用の培養容器もほとんど市販されていないのが実情です。
そこで、一般的な容器でも灌流培養を可能にする「アタッチメント」というものがあります。サンプラテックの「iP-TEC🄬」では、灌流培養を想定したポート付の培養容器の市販を始めました。こちらは閉鎖系容器に該当するため、「閉鎖系灌流培養」を行うことが可能です。
詳しくは、灌流アタッチメントのページをご覧ください。
5.閉鎖系灌流培養システムでのiPS細胞培養実験(iP-TEC®と京都大学CiRAF様との共同研究)
サンプラテックでは、閉鎖系灌流培養の研究を深めるために、2021年に公益財団法人 京都大学iPS細胞研究財団(略称:CiRA_F)様と共同研究契約を締結しました。「簡易閉鎖型培養装置ユニットによるiPS細胞の培養」をテーマに、細胞の製造コスト削減に向けて、引き続き研究中です。
2021年3月には【第20回日本再生医療学会総会】にてポスター発表をさせていただきました。
まとめ
再生医療を実現するための障壁になっている現状の要因として、「製造コスト」「安定品質」「拒絶反応」「各種規制」などがあります。
サンプラテックの「iP-TEC🄬」は、「拒絶反応」のリスクがない自家 iPS 細胞に着目し、閉鎖系自動灌流培養システムなどの開発品によって「製造コスト」「安定品質」といった課題の解決を目指しています。
今後も、難病治療や再生医療に対応できる病院やクリニックが増加する未来を目指し、開発を進めてまいります。