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注目の生体模倣システム「MPS」とは?再生医療との関係性は?
従来の創薬や医療研究では、動物実験や平面的な細胞培養が中心でした。しかし、動物種差や培養環境の違いから、人間における効果や副作用を必ずしも正確に反映できない問題が指摘されてきました。そこで、近年注目されているのがMicrophysiological Systems(MPS)です。微細なデバイス上にヒト組織を模倣し、薬効や毒性、安全性などを高度に評価できるMPSは、研究開発プロセスを変革すると期待されています。
この記事では、MPSの概要や可能性、現状、再生医療におけるMPSの活用、および現在のMPSの課題について解説します。
1. 生体模倣システム「MPS」とは
生体模倣システム(MPS)とは、微小なデバイス上に人体の生理機能を再現したモデルシステムのことです。MPSは今後の医療に大きく影響する可能性が高い技術として、世界的に注目を集めています。
1-1. MPSの概要
MPSはMicrophysiological Systemsの略称で、生体組織や臓器の微小な環境を模倣したモデルを用いて、薬物の効果や安全性を評価する技術です。
MPSは従来の動物実験や2D細胞培養に比べて、生体の複雑な反応をより正確に再現できます。そのため、創薬や先端医療においてさまざまな場面で効率化と高精度化を実現できると考えられています。
1-2. MPSの可能性
MPSが注目を集めたのは、2010年にハーバード大学のヴィース研究所で開発されたヒトの肺を模倣したチップが始まりです。チップは半透明のため、内部構造が実際の肺と同様に呼吸を模して動き、ガス交換を再現するところを外部から簡単に観察できます。以後、有用性が注目され、肺や腸、心臓を模したチップが続いて開発されてきました。
MPSの可能性として、代表的なものは以下の4つです。
1-2-1. 創薬における活用
創薬のプロセスにおいてMPSを用いることで、薬物の効果や毒性を早期段階で精密に評価でき、臨床試験前の失敗リスクを低減できます。特に、従来の動物モデルでは検出できなかったヒト特有の反応を再現することで、ヒトへの適用可能性を高めます。
1-2-2. 個別医療への貢献
患者由来の細胞を用いたMPSは、個々の患者の反応を予測することに役立ち、個別化医療(Precision Medicine)の推進に貢献します。MPSにより、適切な薬剤の選択や副作用のリスクを事前に予測できるようになります。
1-2-3. 希少疾患の研究
希少疾患は患者数が限られているため、従来の創薬アプローチでは研究や治験が進みにくい分野でした。MPSを用いることで、希少な病態を模倣したモデルを構築し、効率的な研究が進むと期待されています。
1-2-4. 動物実験の代替
動物倫理が重要化し、ヨーロッパを中心に動物実験の削減が強く求められている現在、MPSは動物実験を代替する技術として期待されています。欧州連合(EU)は動物実験代替法の研究に多額の投資を行っており、規制機関もMPSを用いたデータを評価する動きを見せています。
2. 世界と日本におけるMPSの概況
MPSが国家的に注目を集めたのは、アメリカが2012年に行ったMPS開発の国家的プロジェクトに端を発します。プロジェクトは当初、戦場における人体の影響を評価するために行われましたが、以後幅広い分野での有用性が認められ、MPSは多くのシーンで活用されています。現在の世界と日本におけるMPSの概況は、以下の通りです。
2-1. 世界では
アメリカでは、NIH(米国国立衛生研究所)やFDA(米国食品医薬品局)がMPSの導入を強く推進しています。特に、FDAはMPSを用いた薬物評価の基準作りを進めており、医薬品承認プロセスにおける活用が進行中です。
ヨーロッパでは、動物実験削減を掲げており、MPSを含む3R(Replace・Reduce・Refine)の技術開発を支援しています。また、欧州医薬品庁(EMA)は、動物実験に代わる手法としてMPSを採用する動きが加速しています。
急速に創薬技術の高度化が進んでいる中国では、MPSを用いた先進的な技術開発を進めている状況です。国家主導の研究プロジェクトを通じて、多くの製薬企業がMPSを取り入れつつあります。
2-2. 日本では
日本国内では、MPSの開発と導入において世界に遅れを取らないよう、産学官が連携して取り組みを開始しています。
- 産業界
日本の製薬企業は、国内外で競争力を高めるため、MPSの導入を積極的に検討しています。また、医薬品の開発スピードを上げる目的で、バイオスタートアップと連携する企業も増えています。 - 学術研究
日本の大学や研究機関は、MPS技術の基盤研究を推進しており、特に細胞工学や再生医療分野の研究が盛んです。京都大学や東京大学などの主要大学は、国際的な共同研究にも積極的に参加しています。 - 公的機関
日本では、2017年にAMED事業として日本発の社会実装に向けた取り組みが始められ、さらに2023年には産学官が広く意見集約する場として、MPS実用化推進協議会が設立されています。
3. MPSと再生医療の想定される関係性
MPSは、再生医療と切り離せない関係がある技術です。MPSの製造には再生医療にかかわる技術がなくてはならず、再生医療のさらなる進歩をMPSは促進します。
MPSと再生医療の関係性は、今後以下のようになると考えられています。
3-1. ヒト組織を用いたMPSの開発
MPSは、再生医療技術によって作製されたヒトの誘導多能性幹細胞(iPS細胞)や間葉系幹細胞から分化した組織を利用して開発されます。実際の患者由来の細胞を用いた「患者特異的MPS」が作成可能となるため、以下のようなメリットがあります。
- 患者特異的薬効評価
患者自身の細胞を用いたMPSを使うことで、特定の患者に最適な治療法や薬剤を個別に評価できます。これは、再生医療における「個別化医療」とも一致します。 - 希少疾患モデルの構築
希少疾患の患者由来細胞を用いることで、通常の動物モデルでは再現できない病態を再現したMPSが構築でき、難治性疾患や希少疾患の新しい治療法開発に役立ちます。
3-2. 創薬と再生医療の融合
再生医療を活用した創薬(Regenerative Medicine-based Drug Discovery)は、MPSを使うことで効率化できます。
- 疾患モデルの構築
iPS細胞から特定の病態を再現する組織を作製し、MPSに組み込むことで疾患モデルを構築できます。これにより、従来の動物モデルでは難しかったヒト特有の疾患メカニズムを解明し、新しい治療薬を効率的に開発できます。 - 再生誘導薬のスクリーニング
組織修復や再生を促進する薬剤のスクリーニングに、再生医療技術で作製したMPSを使用することで、ヒトの細胞レベルで直接効果を評価できます。
3-3. 再生医療製品の評価プラットフォーム
再生医療製品(細胞治療や組織移植)の開発には、安全性や有効性の評価が重要です。MPSは次のように評価プラットフォームとして活用されることが期待されています。
- 移植前評価
移植前に、再生医療用の細胞や組織の反応を模擬臓器上で評価することができます。例えば、iPS細胞から分化させた心筋細胞をMPS上で試験することで、移植後の不整脈や異常収縮などのリスクを事前に評価できます。 - 免疫反応の評価
MPSを使うことで、再生医療製品が引き起こす可能性のある免疫反応をヒトに近い環境で再現し、拒絶反応のリスクを評価できます。
3-4. 再生医療技術の標準化
再生医療製品の開発・製造には、品質管理や標準化が不可欠です。MPSは再現性の高い環境を提供するため、以下のように標準化に貢献します。
- 製品品質の均一性評価
MPSを用いて、臓器チップ上で再生医療製品を試験し、規格に適合するかどうかを確認するなどの形で、再生医療製品の品質を一定に保つための評価基準を確立できます。 - 治療効果の事前検証
再生医療製品が特定の患者に対して効果を発揮するかどうかをMPSで事前に検証し、より効果的な治療計画を立てることが可能です。
4. MPSの課題
MPSは創薬や再生医療分野での革新技術として期待されていますが、実用化と普及を進める上で、まだ多くの課題が存在します。代表的なものとして、以下が挙げられます。
標準化と規制の整備不足 |
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<課題> 各企業や研究機関で開発されるMPSは、設計や使用する細胞の種類が異なるため、データの一貫性や再現性に課題があります。また、MPSを用いた試験データを承認プロセスで公式に認める基準が明確化されていません。 <解決の方向性> MPSのプロトコルを充実させていく必要があります。その上で、国際的な協力によるMPSの標準化と、規制当局によるガイドラインの策定が必要だと言われています。 |
長期使用における安定性 |
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<課題> MPSは微細な構造を持つチップ上に構築されており、長期間の試験における安定性が課題です。特に、細胞の生存や機能が時間とともに劣化しやすいため、長期的な評価を行う際の精度が保証されません。 <解決の方向性> 細胞の長期培養技術や、MPS内部の環境(酸素供給、栄養供給)の最適化に向けた技術開発が求められています。培養容器や培養チップ、最適な培地の技術開発も求められます。 |
ヒトの複雑な生理反応の完全再現の難しさ |
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<課題> MPSは単一臓器や単一組織のモデルが主流であり、臓器間の相互作用を完全に再現することが難しい状況です。例えば、薬物の代謝や副作用は複数の臓器にまたがる反応が関与しているため、単一のMPSでは限界があります。 <解決の方向性> 複数のMPSを連結して、臓器間相互作用を再現する新たなデバイス開発が必要となります。 |
コストの高さ |
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<課題> MPSの開発と運用には高度な技術が必要であり、現時点ではコストが高いため、製薬企業や研究機関における普及が進みにくいという課題があります。 <解決の方向性> 大量生産技術の開発や、MPS製造プロセスの効率化により、コスト削減が図られることが期待されています。 |
モデルの限界 |
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<課題> 現在のMPSは、特定の臓器や組織を模倣したものであり、すべての疾患を網羅できるわけではありません。特に、免疫系や神経系などの複雑な機能を完全に再現するモデルは少なく、対応可能な疾患領域に限界があります。 <解決の方向性> さらなる疾患特異的モデルの開発や、免疫系を組み込んだMPSの研究が進められています。 |
データ解析の複雑さ |
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<課題> MPSは高精度なデータを生成する一方で、膨大なデータが出力されるため、その解析に高度な技術を要します。特に、生理学的に意味のあるデータを抽出するためには専門知識が必要です。 <解決の方向性> AIや機械学習を活用したデータ解析技術の開発により、効率的なデータ解析が可能になると期待されています。 |
まとめ
MPSは創薬や再生医療における革新技術として期待されていますが、標準化の整備、長期安定性の向上、複数臓器間相互作用の再現、コスト削減といった課題があります。これらの課題を克服するためには、産学官の連携や国際的な協力が不可欠です。
iP-TECでは、MPSの研究に貢献できるように、再生医療デバイス開発で培った技術をもとに、「閉鎖系灌流トライアルポンプキット」や容器デバイス開発を積極的におこなっております。また、MPSに関連する学会やコンソーシアムにも積極的に参加し最新の情報を採り入れ、製品開発に生かしております。